「……駄目だ。」
「?」
「………やはり駄目だ。」
セフィロスは2回繰り返した。首を左右に振っている。
「明日向かうニブルヘイムはお前の故郷なんだろう?」
金髪が上下に揺れる。上目遣いにセフィロスを見つめる瞳が青い。
「俺はお前の母親に合わせる顔がない。」
キッパリと言い放ち、そして深刻そうにセフィロスの顔に翳りが出来た。
シーツに包まっていたクラウドは身を這い出して彼の隣に体育すわり。

「…何だよ?急に。」
「挨拶をしなければいけないと考えている。」
「はあ?」
「お宅の息子さんとお付き合いさせていただいております、と。」
「はああ!?やめろよ!!冗談だろ!!」
「何故?」
うわあ!と白目を向きそうなほど露骨に嫌な顔を浮かべたクラウドにセフィロスは怪訝な様子で尋ねる。
口をへの字に曲げたクラウドは、誰も聞いていないけれども、声を潜め出した。
「………うちの母さん、知らないから。」
「?」
「言うわけないじゃん、ていうかこれからもたぶん言わないし。」
「何を?」
チョコボは真っ直ぐな目で問いかける英雄に眉根を寄せるしかない。
「だからあ……女の子に興味ないとか、そういうことだよ。」
「そりゃあ、クラウド、当たり前じゃないか。お前は俺にべったりなんだから。」
ぶっは!と噴出し仰け反るとミニチョコボは壁に頭をぶつけた。
悶絶するクラウドに「馬鹿だな」と言いながら彼の頭を撫でるセフィロスの表情は和やかだ。
「そういうことじゃないんだ、セフィロス。会話の流れを読めよ。俺が母さんに言ってないっていうのは、俺が女の子より男の子の方が好きってことだよ。うちの母さん孫が見たいとか俺の奥さんが見たいとかしょっちゅう言ってるから、しかも嬉しそうに言ってるから、とてもじゃないけど打ち明けらんない。…わかった?」
クラウドは両手を頭部の側面に添えながら一気に捲くし立てた。
普段口数少ないクラウドも興奮すると饒舌になる。
「……挨拶は無理か。」

納得してくれたか。クラウドがほっとするのも束の間で。
「それでも、やはり、お前の母親に合わせる顔がない。」
始めに戻ってしまった。
今度は前につんのめりそうになる。
友人の様にオーバーリアクションなタイプではないのだが、神羅の英雄は一般人よりかなりズレているらしい。
彼と一緒にいると左右前後にぶれてしようがない。

クラウドが口を開こうとすると先にセフィロスの声が部屋に通った。
「合わせる顔すらもないというのはな、クラウド。これは重要なことだ。お前は、お前の母親の一人息子だろう。なら、きっと彼女はお前のことが大切なはずだ。」
半眼になりつつもチョコボは否定はしない。
体育すわりから胡坐へと姿勢をかえて、壁に凭れかかった。
「そんな大切な息子さんを俺は」
「あ。言わなくていい。なんとなく想像つく。こっぱずかしい。」
先読みをして頬をじわじわ染めたクラウドが彼氏の言葉を止める。
所在なさそうに銀髪を弄りながらセフィロスも言葉を止める。
でもそれも少しの間だけで。
「……それはいいんだ。」
「………」
「子作りという正当な理由があるからな。」
「………」
「………」
「………」
「………」
「あのさあ。」
「なんだろう。」
「セフィロスさあ。」
「ああ。」
「念のために言うけどさあ。」
「うん。」
「産めないからね。」
「………」
「………」
「神羅の技術を応用」
「するなよ。」
「子作りという正当な理由があるからセックスをすること自体は何ら恥ずべきことではない。」
「俺はなんだか悲しくなってきたよ。」
クラウドはそっぽを向くとそのまま再び横になってシーツを引き上げた。
当人はまだ話を続ける気らしく息巻いているけれども、チョコボは鬱陶しそうに目を細めている。
「そして何ら悪いことでもない。」
「そうだねえ。」
「愛し合っていれば極当然の行為だからだ。」
「そうですよねえ。」
帰ったらどんなご飯を作ってもらおうかしら。久しぶりにシチューが食べたいなあ。はちみつをたっぷり塗ったトーストもいいなあ。クラウドはそんなことを考えては心がほっこらしてくるのだけれど、恋人の薀蓄が全てを轢き潰していくので辟易とする。
「だがフェラチオは違う。」
ぶふーーーーーー。
今晩噴き出すのは何度目なのか。クラウドは軽く額を押さえる。
呆れ返ってしまって笑いながら寝返りを打つと、ベッドの上で胡坐を組むセフィロスの体にぶつかった。
据わった目でなめ上げると視線が合い、すぐに逸らされた。
「違うぞ。これは違う。よく考えてみろ。」
「あんま考えたくないです。」
「入ってるのはいいだろう。お、挿れてますね!ぐらいのものだ。」
「………」
「しかしな、それが口の中だったらどうだ?」
「………」
「どうだ?」
「お、咥えてますね!みたいなものじゃないでしょうか。」
もうクラウドは無我の境地である。
「そうだ。だがな、『お宅の息子さんが好きです。だからエッチしてます。』というのと『お宅の息子さんが好きです。だから咥えてもらってます。』というのとは、違うだろ?」
「えええ…。」
「違う、違う。違うぞ。考えてもみろ、舐めてもらうんだぞ?大事な息子さんに俺の息子さんを上から下から舐めてもらったりしてますということだぞ。これはすごいことだぞ。」
「アンタがすごいよ。」
頭が痛くて頭痛だよと続けると、クラウドは相手の腰に顔を引っ付けぐいぐい押しながら足をじたばたさせる。
氷のようなその横顔は哀愁に満ちている云々と書き連ねていた社報の記者に今の話を録音して聞かせてやりたいと考えるチョコボは本気である。このまま話を聞かされ続けては気がおかしくなるぞと彼の銀髪を人差し指で救ってはくるりくるりと弄って遊び。
セフィロスはというとまだ真剣な表情を崩していない。
「あああ、クラウド。お前は何もわかっちゃいない。本当に何もわかっちゃいない。」
「何がだよ、一緒じゃん。もういいよ。なんで今日そんなにシモネタに走るの?わけわかんないよ。」
そう言いながらわかりやすく溜息をつくと、ようやくセフィロスはクラウドの方へ顔を向けた。
「大体、会わなくていいんだって初めから言ってるじゃないか。何をそんなに拘ってるのかよくわかんないし。」
「………」
クラウドには見えていた。つんと済ましたセフィロスの頭からにょっきり生えた透明の耳がシュンと垂れ下がっているのが。
「今日のアンタ、変だよ。どうかしたのか?」
「……………」
遊んでいた銀髪を解き、すっかり手持ち無沙汰の様子なセフィロスの指を軽く摘む。
前髪で顔が伺えなくなり、相手が黙っている間中、彼の指をにぎにぎにぎにぎ。
何も嵌めていないセフィロスの素の手はクラウドのお気に入りなのだ。
にぎにぎ。にぎにぎにぎにぎ。
しまいに両手を使い相手の掌をマッサージし始めたところで、セフィロスの青い目が銀色の簾から覗いた。
「俺が言いたかったのはな、クラウド。」
「うん。」
「たとえお前の母親に顔向けが出来なかろうと。」
「うん。」
「俺はお前に舐めてほしいし俺も奉仕したいと。」
「………」
「そういう話なんだ。」
だおおおおおお。
クラウドはこの夜一番全身全霊で脱力した。
けれども、同時に気が付いた。
きゅっと握り返された自分の掌とその意図に。
「………」
がりがりと頭を掻く。痒いわけではない。照れ隠しなのだ。
「セフィロス。」
シーツから這い出ながら、クラウドは呆れ半分のニヤケ顔を彼に向ける。
握られた手をゆっくりと振り解くと、相手のシャツのボタンに手をかけた。
「アンタは遠回しすぎるんだよ。」
上から一つずつ外しながら、彼の膝の上にまたがって腰を落とす。
「明日からしばらく一緒に寝れないもんねえ。」
袖口を引っ張りながらついでにちゅっと音を立ててキスをする。
「仕事中はずうっとザックスと一緒だし?」
離れようとするとセフィロスからも小さく啄み返された。
さっきまでのことが嘘のように視線が絡まる。
だからクラウドははにかんで先に睫を伏せた。
「あは、…アンタ寂しいんだろう。」
にやにやする。
お互いにもう何も言わなかったけれども。
セフィロスはいつも太腿を撫でながら下着の中に手を入れてくる。
――このすけべ親父。
やっぱりニヤけながら心の中で毒づいた。